大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和38年(ワ)26号 判決

原告 大杉泰吉

被告 国

訴訟代理人 林倫正 外四名

主文

被告は原告に対し金九十二万円及びこれに対する昭和三十八年二月二十三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、被告の本案前の答弁に対する判断

原告は本訴において、原告のなした本件供託金の還付請求を却下した供託官吏の処分を争つているものではなく、被告が、本件供託金を国庫の歳入に繰入れたことにより、不当利得をなしたものとし、被告に対し右不当利得金の返還を請求しているものである(このことは原告の主張自体により明らかである)。従つて、供託官吏の行政処分については行政訴訟を提起すべきであるとし、本件訴を不適法として却下することを求める被告の主張は失当である。

二、〈証拠省略〉によれば、「昭和二十三年三月四月十一日原告(買主)と訴外田中喜与四(売主)とは、富山市総曲輸所在の宅地百六十坪につき代金五十八万五千円で売買契約を締結したところ、訴外田中は昭和二十六年十一月七日解除権留保の特約に基くものとして、それまでに原告より売買代金の一部として受領していた金四十六万円の倍額金九十二万円を原告に提供し、前記売買契約を解除する旨の意思表示をしたが、原告が右金員の受領を拒んだので、同日これを富山地方法務局に弁済供託したこと(以上のうち右供託の点は当事者間に争いがない)、原告は訴外田中のなした右契約解除を争い、同人を被告として所有権移転登記手続及び土地明渡等を求める訴を提起したが、昭和三十六年十一月二十日控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部において、両者間に、田中は原告に対し昭和三十六年十二月二十五日限り金二十万円を支払うものとし、原告は田中に対するその余の請求を放棄する旨の裁判上の和解が成立し、その際同時に、原告が本件供託金の払戻を受くべきものであることを相互に了承したこと」を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三、しかして、昭和三十七年八月十一日原告が富山地方法務局に対し本件供託金の還付請求をなしたところ、供託官吏は、本件供託の日である昭和二十六年十一月七日より十年の期間満了により還付請求権の消滅時効が完成したものとして原告の払戻に応ぜず、本件供託金はすでに国庫の歳入に編入された(被告の主張によれば昭和三十七年五月二十一日)ことは、当事者間に争いがない事実である。

そこで、本件供託金の還付請求権が、果して時効によつて消滅したかどうかについて判断するに、元来消滅時効の制度は、権利者において権利を行使するにつき何等の支障がないにもかかわらず、いたずらに権利の行使を怠つているときは、権利の上に眠る者としてこれを保護しない、ということを存在理由の一つとしているものであるから、民法第百六十六条に「消滅時効は権利を行使することを得る時より進行する」とあるのは、権利の行使につき単に法律上形式的に障害がないというだけでは足りず、権利の性質上その行使が現実に期待できる場合をいうものと解しなければならない。

しかるに民法第四百九十四条による弁済供託は、もともと供託者(債務者)と被供託者(債権者)との間に、供託原因の基礎となる事実をめぐつて紛争があり、単に供託の適否のみならずこれに附随する法律効果の存否、効力までも争われている場合であるから、右紛争が解決されない限り、被供託者において供託を受諾し、供託物の払戻を請求することは、相手方(供託者)の主張を是認し、自己の敗北を認めるに等しく、被供託者にかかる権利の行使を期待することは到底できないものといわなければならない(原告引用の東京地裁判決及びその控訴審たる東京高裁昭和四十年九月十五日判決)。

これを本件についてみると、原告としては、訴外田中が原告より受領した代金の倍額を提供してなした土地売買契約の解除の意思表示を否認し、右田中を被告としてあくまでも目的土地の明渡及び所有権移転登記手続を訴求していたのであるから、その間原告に対し本件供託金の還付請求を期待することは到底できず、前掲昭和三十六年十一月二十日の和解成立によつて、初めて原告の供託金還付請求権は現実にその行使が期待できるものとなつたものといわなければならない。従つて本件供託金還付請求権の消滅時効は昭和三十六年十一月二十一日より進行を開始し、被告が本件供託金を国庫の歳入に編入した昭和三十七年五月二十一日には、未だ十年の時効期間は満了していなかつたものである(供託所と供託者及び被供託者との間の法律関係が公法関係であることを理由に、還付(取戻)請求権が公法上の権利として会計法第三十条の規定によつて五年の消滅時効にかかるものとする見解には賛成できないが、仮に右見解に従つても、本件においては、未だ消滅時効が完成していないことには変りがない)。

四、果してそうであるとすれば、被告は本件供託金を国庫の歳入に編入することにより法律上の原因なくして原告の財産により利益を受け、これがために原告に損失を及ぼした者というべきであるから原告に対し不当利得として本件供託金九十二万円に相当する金員を返還すべき義務があるものといわなければならない。

よつて、被告に対し、金九十二万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十八年二月二十三日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋重雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例